歯を削らない
口腔内の健康維持と「歯を削らない」
歯科に限らず、出来るだけ侵襲の少ない治療法が望ましいことは言うまでもありません。歯を削り、そこに詰め物あるいは被せものを装着したとしても、確実にぴったりと適合させることは容易ではありません。口腔内の細菌は虎視眈々とその隙間を狙っています。
特に、不幸にして失われた歯の隣の歯(隣在歯)を削らないようにすることは大事なことです。隣在歯が健全歯(これまでに治療などしてこなかった歯)の場合は尚更です。だからといって、短絡的にインプラント治療を勧めているわけではありません。歯科の場合、審美性も重要な因子となってきますが、見た目のために歯の削去量が増すことも多々あります。
最終的には全体のバランスを考えて、患者さん一人一人に最適な治療法が選択されるべきであります。その上で、なるべく歯を削らないようにすることは、将来の口腔内の健康維持に重要な影響を及ぼしていると考えています。
「歯を削らない」症例
ここでは、歯を守るという観点から、歯の喪失に対して、なるべく歯を削らずに対応した症例を6つ、提示します。ですが、歯が失われている数がおおかったり、歯を失った部位の条件が悪かったりと、歯の切削がどうしても必要なケースもあります。
症例1 隣在歯を削らない4症例
症例1-1 2016年2月に再初診となった19歳女性の方です。歯科矯正科の先生からの紹介で、先天性欠如である上顎右側側切歯(右上2)の補綴治療を希望されていました。全くの健全歯である両隣在歯を削去するのはもったいないので、人工歯を接着剤で付けただけです。もちろん、ここで物を咬めば、直ぐに外れてしまいますが、患者さん自身に注意していただければ、案外外れないものです。
症例1-2 2009年6月に再初診となった、17歳男性の方です。2004年に外傷をうけた上顎左側中切歯(左上1)が脱落してしまいました。舌側は入れ歯(義歯床)で覆うことにはなりますが、ここだけ人工歯を用いた入れ歯(義歯)を装着しました。2011年に一度紛失されたため、作り直しています。その後、来院が途絶えています。
症例1-3 2013年5月、左下⑤6⑦のブリッジを製作するにあたって、左下5は全く削りませんでした。歯の神経のない下顎左側第二大臼歯(左下7)には、前側にキーウェイという凹みを付けた被せもの(クラウン)を装着しました。下顎左側第一大臼歯(左下6)のダミーの歯(ポンティック)は、左下7前側の凹みに入るキー部分と左下5に接着性のセメントで合着するためのインレー部分とそれぞれ繋がっています。2016年10月、スライド右端にあるように外れてきましたが、単純に付け直すだけで対応できます。このように、最初から外れてくるのを見越して設計を行うのも、一つの考え方でしょう。
症例1-4 右下ブリッジは2005年2月に当院で装着した。審美的理由、またなるべく削りたくない気持ちから、必要最低限の切削を行ってきました。しかし、様々な患者さんの経過を観察すると、この方法はブリッジを維持する力が弱く、将来セメントが外れやすいという欠点があることが分かってきました。特に咬合力の強い人にとっては危険だと考えています。両側のセメントが同時に外れてくれれば、ブリッジ自体が外れるので直ぐに分かります。しかし、片方だけが外れた場合は、その歯に問題が生じるまで分からないことが多いのです。特に神経のある歯は痛くなるまで気が付かないことが多々あります。そして歯の神経をとる(抜髄)までに進行してしまうのです。したがって最近では、歯を削ることに目をつぶって歯の全面を覆うブリッジにするか、あるいは他の方法を用いることが多くなっています。
2015年11月左上に義歯を装着した時点で通常、入れ歯のない方である右が主な咬む側になるので、そろそろ外れてくるのではないかと心配していました。実際、2017年1月に右下5の片側脱離を確認しました。今回は右下5の奥側で金属を切断し、右下5の修復物(インレー)は再利用し、義歯用の前処置を施した後にもう一度合着しました。ブリッジの支台歯にさえならなければ、簡単には外れないはずです。
患者さんは、もう一回固定性のブリッジを希望していました。ですが、今回も右下5をこれ以上削去したくない、また上にも述べたように、左上に義歯が入った分、右側の力の負担が大きくなる等の理由で、可撤性の入れ歯(義歯)にさせていただきました。なお、入れ歯の人工歯は今までのポンティックを再利用しています。まだ装着したばかりであるが、特に異物感もなく、問題ないとのことである。
症例2 支台歯を削らない可撤性ブリッジ(1)
2000年初診の22歳男性。2014年3月、乳歯の右下Eに痛みが出て来院。根管治療を施したが治癒せず、まず前側の歯根を抜去した。奥側の歯根のみで様子をみたが、咬むと痛みが出たためやむを得ず抜歯した。右下の補綴処置は、ブリッジ、インプラント、移植、義歯が考えられる。ブリッジは、右下6および健全歯である右下4の削去が必要となる。インプラントでも問題ないと思われるが費用がかかる、また将来の予後が今一歩心配である。移植は、ドナー歯がないので無理。一方、クラスプ(バネ)を用いた義歯であれば、安価で、機能的にはまったく問題ないが、右下4にかかるクラスプの審美性が気になる。
そこで今回は、右下6は削去せざるを得ないが、可撤性ブリッジ(コーヌス義歯)を装着し、右下4のクラスプは前から見えない範囲までとした。右下6の切削はもったいないが、少なくとも歯の神経をとることはないように意識した。タイトルに支台歯を削去しない可撤性ブリッジと書いたが、あくまでも右下4に限ってのことである。
症例3 支台歯を削らない可撤性ブリッジ(2)
2000年初診、48歳女性。2015年11月、左上3の歯肉より膿がでたということで来院。左上3の電気歯髄診断を行ったところ反応がなかったため、感染根管治療を行おうとした。しかし、切削途中に痛みが生じたため左上3の神経は生きており、膿の原因は他の歯であると診断した。よく観察すると左上4の頰側に10mmの歯周ポケットがあり、この歯の歯根破折を疑った。1ヵ月間、歯の根の治療を行い、経過をみたが改善しなかったので抜歯した。結果、歯根に破折線がみられ、歯根破折と確定した。
さて、通常は左上③4⑥のブリッジが考えられるが(左上5は歯科矯正のため抜歯したとのこと)、左上3がほぼ健全歯であることから、切削を行わないですむ可撤性ブリッジ(コーヌス義歯)を装着することにした。なお、左上6にはすでにクラウンが装着されており、切削を躊躇する必要はなかった。なお、可撤性ブリッジの維持は左上6のコーヌス冠のみで発揮されている。左上4部にインプラントを勧める歯科医師は多いと思うが、安全面、清掃性、費用等の面から私は可撤性ブリッジ(コーヌス義歯)の方に分があると思っている。