「歯の矯正的挺出をする」とは

 一般的には保存不可能、すなわち抜歯と考えられている歯でも条件によっては残すことが出来ます。
 通常保存が難しいと考えられる歯を保存する方法に、

  • 「歯の矯正的挺出」
  • 「歯の再植」

 があります。ここでは矯正的挺出(歯を矯正治療でひっぱり上げる)を行うことで歯を保存した症例をみていただきます。もう一方は「歯の再植」ページにて、再植(一度抜いて戻す処置)により通常保存が難しい歯を残した症例を提示しています。

  • 虫歯(う蝕)が深い
  • 歯の頭や根にヒビ(破折)が入っている
  • 歯の根に穴(穿孔)がある
  • 歯周病による歯周ポケットが存在する

 主に上記のケースが対象ですが、基本的には患部がそれ程深くない場合に行います。利点としては、再植と違い、歯を抜くというリスクがないため、治療の失敗はまず考えられません。したがって、通常再植より矯正的挺出の方が優先されます。但し、期間、費用がかかるというマイナス面があります。

利点・一度歯を抜く再植と比べ、リスクが少ない。
・治療の成功率が高い。
欠点・歯を少しずつ移動させるため期間が必要になる。
・保険適用ではないため、費用は自由診療となる(1歯の矯正的挺出:5万円)。
歯茎の高さまでしか歯がない
挻出開始時
挻出終了時
メタルボンド冠を装着

「歯の矯正的挻出」症例

 ここでは、1.深い虫歯、2.歯の頭の割れ、3.歯の根の割れ、4.歯周病、に「歯の矯正的挻出」にて対応した症例をそれぞれ提示します。

症例1 歯肉の下の虫歯(歯肉縁下う蝕)

歯肉縁下カリエス

 2014年2月初診、56歳の女性。右下7の虫歯(う蝕)が歯肉の下まで進行していました。被せもの(クラウン)が長期にわたり外れないための条件は、歯肉の上に歯質(歯肉縁上歯質)が存在し、クラウンでそこをしっかりグリップすることです。しかし、このケースは歯肉縁上歯質がないため、このままクラウンを制作しても直ぐに外れてしまうのは明らかでした。
 そこで、右下7の遠心に矯正用インプラントを植立し、これを固定源に利用することで、右下7の矯正的挺出を行うことにしました。2014年3月に開始し、5月に終了しました。その後、歯肉を下げる手術(歯冠長延長術)を行い、歯肉縁上歯質を確保した。暫く仮歯で経過を観察し、2014年10月、クラウンを装着しました。
 歯を挺出させたことで、骨に植わっている歯の根はどうしても短くなってしまいます。そのために、歯の動揺が少し生じましたが、相当固いものを食べなければ問題はないとのことでした。もしどうしても動揺が大きい場合は隣の右下6との連結固定が必要となりますが、歯の削去および連結によって清掃しにくくななってしまう等の問題が生じるため、なるべく連結固定は避けたいと思っています。

症例2 歯の頭が割れる(歯冠破折)

歯冠破折

 2012年4月初診、79歳女性の方です。右の糸切り歯(右上3が)折れたとのことで来院されました。歯肉より上の歯質はありませんが、エックス線画像から歯の根には十分な長さがありました。もし抜歯となりブリッジを製作するとなれば、奥にあるブリッジ(右上⑥5④)を外して作り直すことになってしまいますし、ほとんど健康な歯である一つ手前の前歯(右上1)も削る必要が生じます。このような場合、右上3の保存に努めることで、大掛かりな治療をなるべく回避するべきと考えています。そこで、4月に矯正的挺出を開始し、6月に終了しました。その後歯肉を下げる手術(歯冠長延長術)を行い、歯肉の上の歯質を確保しました。暫く経過をみて特に問題が生じなかったので、2013年1月にメタルボンド冠を装着しました。

症例3 歯の根が割れる(歯根破折)

歯の根の割れ(歯根破折)

 2016年6月初診、51歳の女性。左上1が動いて痛いとのことで来院されました。被せものを外してみると、歯に根に亀裂がみられました(赤矢印)。エックス線画像からも、透過像が認められました(緑矢印)。そこで、2016年6月矯正的挺出を開始し、亀裂がある部分を歯肉より上に引っ張り出すことにしました。8月に、挺出が終了したので、歯肉を下げる手術(歯冠長延長術)を行い、歯肉の上に歯質が確保できました。歯肉が安定するのを待って、2016年12月硬質レジン前装冠を装着しています。

症例4 歯周病に対する矯正的挺出

歯周病に対する矯正的挺出

 2012年1月初診、58歳男性の方です。左上2に7mmの歯周ポケットが認められ、またエックス線画像から歯を支える骨が縦に吸収している事がわかりました(垂直性骨欠損)。通常は連結されている冠を外し、自然的挺出を行うのが一番良いですが、患者さんは早期の治療を望まれたため、2012年1月、矯正装置を用いて強制的に挺出を開始しました。6月、挺出を終了し、9月、歯の動揺が収まったので硬質レジン前装冠を装着しました。なお、左上2の動揺が少なかったので、清掃しやすいように連結せず単独の被せものとしました。装着後のエックス線画像から、おおむね歯を支える骨が平坦になってきていることが確認できました。
 しかし2017年6月の時点で、左上2の歯周ポケットは3mm以下なものの、動揺が大きくなってしまったので、右隣の歯と接着材で固定しています。結果的には、最初からつなげて固定するべきだったかもしれません。